セッションシェア《些細な出来事が自由への制限に》
ある女の子が
お父さんの運転する車に乗り窓を開け
外に向かって大きな声で歌を歌っていました
すると、お父さんに
「恥ずかしいからやめなさい」と
怒られてしまいます
女の子の心の中に
「大きな声で歌うと怒られる」
「恥ずかしい(自分を出すこと)」
「自分のやりたいようにやったら怒られる」
と刻まれ、それは知らず知らずのうちに
〈自由への制限〉となりました。
女の子は
少しずつ自分を出すことを躊躇するようになり
自分らしさや自由さを隠し
取り繕ってカッコつけて見せるようになりました。
だって自分を出したら怒られるし
嫌われるかもしれない…
それはいつしか大きな怖れとなり
女の子本人にも気づけないほどの
大きな心の壁となってしまいました
(無意識下で起こっていることです)
*
もちろんお父さんはそんなことになるとは思ってもいないし悪意などあるわけもない
でもこのようなこと、よくありますよね
これを読んでいるあなたも
親や親戚、保育園や近所の人、学校の先生などに
怒られたり叱られたりしたことがあるでしょう
そして子どもを、怒って叱ったこともあるでしょう
私たち大人は
〜しなさい
〜してはいけません
と言います
そしてそう言われて育ってきました
小さな子どもにとっては親がすべての基準
それが教典となります
〜しなければならない
教典(親の教え)は受け継がれます
お母さんも、そのお父さんやお母さんも
代々、無意識のうちに
その教えを守ってきました
そしてまた、自分の中にルールを作って
それに基づいて我慢したり自分を抑えたり
やりたいことを思いっきり自由にできなかったり
*
この女の子のお父さんも
子を愛し育てていただけだと思います
(解放していくと、いかに愛されているかもわかるようになります)
ただ、” そうなって ” しまった
ここで大切なのは
” 誰も悪くない ” ということ
皆がそれぞれの立場で
それでいいと、良かれと思ってやってきたこと
だけどもうそれが
個性を剥奪するものになっている
*
体験という視点で見ると
このお父さんは
この女の子がやりたかった体験
(人として生まれての様々な体験)
をアシストしてくれただけ
誰が悪いわけでもない
でももう、その体験終わらせていいよね
そのルール(教え)守らなくても
自由になっても、もういいよね
という方が解放(解消)へと向かっています
知らず知らずのうちに
よくわからないルールに縛られている大人たちへ
RASでは解放(解消)のサポートをしております
ひとりひとりが
個性を活かし生きていく社会へと
私もまだまだ精進してまいります
この話を
子どもの立場で読む人
大人の立場で読む人
内側にある痛みも
気づきへ向かう方向も違います
知りたい人はお問合せを
気づいて解消して変えていける範囲のことはご自身で
できないことはご相談くださいね
2022.5.12